黒澤 明
(くろさわ あきら 1910年3月23日~1998年9月6日)
日本国内だけではなく、世界中の映画監督に影響を与えた日本を代表する映画監督のひとり。小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男らと共に日本映画の巨匠と呼ばれる。
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映像作品に対するこだわり
映像に対するこだわり、俳優に対するこだわりが非常に強く一切の妥協を許さいないことで非常に有名だった。数ヶ月におよぶリハーサル、撮りたい天候になるまで待機をするなど映像に対するこだわりを感じさせるエピソードは非常に多い。撮影技法としては複数のカメラを使用しシーンを同時に撮影する「マルチカム手法」を頻繁に取り入れた。この手法はワンシーン・ワンカットで撮影をするために俳優・スタッフの緊張感を高めてよりリアリティのある映像を撮影するために行われていたといわれている。黒澤の映像に対するこだわりは数多くの手法を作り出し、その手法は多くの映画監督たちの手本になった。スター・ウォーズシリーズで有名なジョージ・ルーカス、E.T.をはじめ数多くのヒット作品を世に出したスティーヴン・スピルバーグなど世界の名だたる映画監督が黒澤の映画手法を模倣している。尊敬している監督に黒澤を挙げる映画監督は非常に多く、「世界のクロサワ」と呼ばれる理由は日本国内だけではなく世界中の多くの映画監督たちに影響を与えた故である。
エピソード
俳優である三船敏郎には惚れ込んでいたといわれ、演技に対しても非常に厳しい黒澤が三船に対しては演じたいように演じさせていたなど三船の信頼の高さがうかがえるエピソードが残っている。また「三船なくして黒澤なし」と言われるほど黒澤作品には多数出演しており黒澤の「三船君は特別の才能の持主で代わる人がいないんだ」という発言からも黒澤が三船をどれだけ特別視していかたが良くわかる。
上記の通り、世界中の監督からリスペクトされ、愛されていたというエピソードに事欠かない。クリント・イーストウッドは、カンヌ国際映画祭で黒澤監督が会場に入ろうとしたとき、突然群衆の中から現れ、「ミスタークロサワ」と言いながらほおにキスをし、「あなたがいなかったら、今の私はなかった」と感謝の言葉を告げたという。代表作の一つである「影武者」は、資金難で撮影不可能とされていたが、アメリカの映画会社『20世紀フォックス』が150万ドルで海外における権利を買い取ってくれたため完成した。このときに動いたのが、黒澤の大ファンであるフランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカスだったといわれている。
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