ヤノット・シュワルツ
(Jeannot Szwarc 1937年11月21日~)
刑事コジャック、CSI:マイアミ、刑事コロンボなど、日本国内ではテレビドラマの仕事の方が有名な監督。フランス出身の映画監督。
映像作品に対するこだわり
元々フランス・パリでテレビマンだったヤノット・シュワルツは、「雨に唄えば」などで有名な大監督スタンリー・ドーネンの1963年製作の映画「シャレード」(オードリー・ヘプバーンとケーリー・グラントの出演作品)のパリでの現地ロケ助手として雇われ、それをきっかけにアメリカに渡ることになる。だが、ハリウッド映画への道のりは遠く険しく、この時期のシュワルツはテレビ関係の仕事を細々とこなしていたようである。転機となったのは、1967年から1975年まで続いた人気テレビドラマシリーズ「ironside」(日本でのタイトルは「鬼刑事アイアンサイド」の演出に関わりだしてから。これをきっかけに、「刑事コロンボ」や「刑事コジャック」などの人気テレビシーズの監督を務めるようになる。(ちなみに、この「鬼刑事アイアンサイド」のテーマ曲は、ある一定の年齢の方以上には非常に懐かしい「テレビ三面記事・ウィークエンダー」で使われていたBGMである)。その手腕が認められたのか、1975年には、あの"ギミック映画の帝王"ウィリアム・キャッスルに抜擢され、ホラー映画「燃える昆虫軍団」で劇場監督デビュー。そして、1978年には、前作でスピルバーグを世に送り出した「ジョーズ」シリーズの第2弾「ジョーズ2」を監督し、『続編はヒットしない』のジンクスを破る大ヒット映画となる。本作では初めて水中カメラを使った"ジョーズ目線"の演出を行なっている。その後も、ラブストーリー映画「ある日どこかで」で一定の評価を得、このまま順風満帆にキャリアを積んでいくかと思われたが、「スーパーマン」のスピンオフ作品「スーパーガール」は、クリストファー・リーヴにカメオ出演を断られ、全3部作の予定が1作で打ち切られるなど不運の結果となる。そして、1985年のクリスマス映画「サンタクロース」が興行的に大惨敗し、ハリウッドからフェードアウトしていくこととなった。「ジョーズ2」での斬新な演出は、その後の"動物パニック映画"の定番となるものも多かったが、不運な出来事が続く監督であった。
エピソード
日本国内ではヤノット・シュワルツの他に「ジュノー・シュウォーク」や「ジャノー・シュワーク」で表記をされる場合がある。
「ジョーズ」の第1作目を撮って大ブレイクしたスティーブン・スピルバーグもテレビディレクター出身である。そしてヤノット・シュワルツと同じく「刑事コロンボ」の監督も務めている。
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